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逃走後 | 少年院生活体験談

少年院生活体験談

逃走後

彼女と話し合い、逃げきろうと話しました。

次の日に地元に戻るのに栄えている駅は張り込みしてる可能性があるので、変な古い駅から電車に乗りました。3時間くらいかかって地元のほうに着きましたが、俺が行きそうな駅は全て降りないでまったく知り合いがいない場所の駅で降りました。

逃走の話しは広まっていて友達に連絡して駅にきてもらいました。2人で車できて車は窓にフイルム貼って外から見えないから地元に向かいました。

実家も彼女の家も、友達の家、近くのバス停や駅など俺が行きそうな場所はほぼ全部職員らしき人間が張り込みしてましたね

これでは逃げ切ることはできないと思いどうするか駐車場の奥で友達と話し合い北海道に行くことに決めました。

北海道に行くには捕まらない方法とお金が必要でお金は友達がかき集めてくれたので助かりました。

駅も張り込みが多いから電車より車のほうが安全だということで車で福島県まで高速で向かい福島から電車で函館に行きました。

函館には昔の知り合いが多くいたのでなんとかなるはずと思いました。

函館に到着すると知り合いは毎日シンナー生活で結局俺もシンナー生活になりました。

函館にも職員は探しにきて俺は逃げ切ることに疲れていました。

泊まる場所も金もない時に函館のヤクザが部屋とご飯の面倒を見てくれました。

これは後から知ったのですが俺を使いすてて女は風俗かなんかに売り飛ばす予定だったそうです。

脱走してる人間は好都合で例えばどこかで首つったように見せかけて殺しても逃走に疲れ果てて自殺で片付くとか?

だから必要以上に優しくして一人では外に出るなとか外に出る時はあのヤクザの舎弟みたいな人間と一緒じゃなきゃだめだったんだなぁて思いますね

おれは疑うようになり女とも喧嘩しもうどうでもいいやって一人でヤクザの家を出ました。

すると相当怒っていて函館中人間使って探していると聞き、女はまだやくざのとこにいるので

連れ戻さなきゃとおもったのですが捕まったらやばいしどうしようか悩んでいる時に

舎弟と電話で連絡をとり、戻って来いと言われました。

この人とは仲がよく良くしてくれました。

とりあえず女を連れてきて話すことになり3人で会いました。

俺は自分の気持ちを言いました。

面倒見てもらっていたのに勝手に出たことは申し訳ない

その点は謝ります。

気のすむまでボコボコにして下さいといったらほんとにボコボコにされました。

血がかなり出て口のはじも縫わなきゃいけないくらいぱっくり切れてそのあとはご飯食うのが大変でしたね。

気が変わったのかその人は俺から兄貴に言っておくからもういいよって言ってくれ俺も女も解放されました。

そして次は昔の知り合いの家に泊まらせてもらうことになったけど

逃げることは疲れるからもう自分から戻ると女に話しましたが

嫌だとしかいいませんでした。

おれは別れようと思い話ししました。

話の結果は一度最後に地元に戻って、それから自分でもどろうと決めました。

友達の家に2日とまり、そこから親に電話しました。

とても心配していて、俺は戻ることにきめて必ず戻るから3日だけ家で寝させてくれと頼むと納得してくれて

3日間実家で過ごし、その後電話しました。

鑑別所の職員が迎えにきて鑑別に連れて行かれました。

逃げた少年院から迎えがくるまでは鑑別にいることになりました。

12月4日に戻った少年院から親に手紙を出しているからちょうど12月1日頃に戻ったと思います。

夜少年院に到着し全裸にされ10人くらいに囲まれ文句の連続でした。

人間のクズだのなんだのふざけたことばかり。

大人の勝手な言い分は聞く気なんかありませんし、外だったらお前見たいなカス一発だよと思いながら我慢していました。

謹慎20日間で通常2級下から始まる階級がさらに下の3級から始まり中等短期から別の少年院の中等長期に移送になることとなりました。

12月18日に移送先の少年院に到着しました。

謹慎期間を含め静思寮の個室で過ごしました。

静思寮の先生はみのもんたそっくりで、すごく厳しいけど心あるいい人でしたね。

はじめは嫌な奴だと思いましたよ。

まず到着後、きょうつけの姿勢で1時間大声で○○からきました、○○と申します!よろしくお願い致します!と言わなきゃいけないのですが

何度言ってもわざと声が小さいとの理由で1時間やり直しでした。

謹慎期間が終えて2級下に上がり、集団寮に行けることになりました。

集団寮の先生はまた違う人です。


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